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東京地方裁判所 平成4年(ワ)18742号 判決

原告

宮田明石

右訴訟代理人弁護士

佐々木幸孝

永井義人

被告

西友商事株式会社

右代表者代表取締役

南則男

右訴訟代理人弁護士

稲澤宏一

片岡剛

主文

一  被告は原告に対し、金三四八万〇〇一三円及びこれに対する平成四年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対して、金五〇三九万円及びこれに対する平成四年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は国内公設での先物取引受託業務等を業とする会社である。

(二)  訴外安達泰夫(以下「安達」という。)、同藤井修(以下「藤井」という。)同秋山進(以下「秋山」という。)はそれぞれ被告の従業員であった者である。

2  本件取引経過

(一) 平成三年初めころから同年四月までの間、原告は安達から、訪問や電話により商品先物取引の勧誘を受けたが、原告はこれを断っていた。

(二) 平成三年四月八日、安達から原告に対し電話があり、安達は「プラチナの相場が下がり続けてきたが、買い時になった。今は一八〇〇円の相場だが、近いうちに必ず二〇〇〇円になり、絶対に儲かります。」と勧誘してきた。原告は、金もないし、商品先物取引にも興味がないからということで右勧誘を断った。しかし、安達は、「ともかく今が買いのチャンスである。絶対に儲かります。一、二か月でいいからやってみて下さい。」といかにも切迫した調子で勧誘してきた。しかも、安達は「ともかく明日支店長を連れていきますから説明だけでも聞いてください。」と強引に来訪の約束を取り付けた。

(三)(1) 同年四月八日午後、安達は、赤坂支店長と名乗る藤井を連れて来訪した。藤井は原告に対し、グラフのようなものを示しながら、「プラチナは高い時は二千七、八百円していたが、湾岸戦争などを経て現在は千七、八百円まできている、これが底値である、統計上これからは上がるのは目に見えているから、今買っておけば必ず儲かる。」という内容の話をした。原告には商品先物取引の知識が全くなかったところ、藤井が必ず相場は上がり儲かるとの説明をしただけで、商品先物取引の危険性についての説明をしなかったため、原告は商品先物取引をそれほど危険な取引であるとは考えなかった。また、藤井らの話によれば、取引は二〇枚、約一二〇万円で行えばよく、一、二か月すれば二〇〇万円くらいになるということであった。原告は、その程度の取引であればと考え、藤井らの話を信用することにし、同日、被告との間で、商品先物取引委託契約を締結した(以下「本件契約」といい、本件契約による取引を「本件先物取引」という。)。

(2) そして、右同日、原告は、藤井から電話で白金(限月平成四年二月五日)二〇枚の買いを建てる旨を聞かされた。さらに藤井から「今買えば絶対儲かるが、二〇枚では儲からない。あと二〇枚のせたいので了解してほしい。」との連絡があったが、原告には相場の様子がまったく分からなかったため藤井に頼るしかなく、また藤井が自信のある口ぶりで話したことから、これを承諾せざるをえなかった。

(四) 同月二三日、藤井の部下という秋山から原告に対し、「白金の値が下がっている。追証を入れてもらわなくてはならない。」という内容の電話があった。これに対して、原告は「必ず値上がりし、絶対に儲かるという話ではなかったか。まだ、二週間しか経っていないのにおかしいではないか。」と言うと、秋山は「こういうこともある。両建をして様子を見ましょう。ともかく損をさせるようなことはしませんから任せてください。値が下がったので、追証を入れなければなりませんが、追証はただ証拠金になるだけで挽回する効果はないので、今までの損を取り戻すためには、両建をして売りを建てて追い証を免れた方がいいです。」と勧めてきた。原告は、両建の意味をよく理解できなかったが、右秋山の説明を信じて同人の申出を承諾し、原告が代表者となっている訴外有限会社宮田商会(以下「宮田商会」という。)の運転資金を流用して、売建玉の委託証拠金(以下、単に「証拠金」という。)として被告に預託した。

(五) その後、藤井らは、原告に対して連絡をしてくる度に「このままでは損が大きくなるばかりなので売り(又は買い)を建てた方がよい。」と言ってきたが、原告はまったく相場を読むことができず、また相場の仕組みも分からなかったため、藤井らの言うがままに、宮田商会の資金を流用して被告に預託した。

その結果、被告は本件契約日から三か月後の七月八日までの間に四三〇枚の取引を行った。

(六) 同年七月一日、秋山から原告に対し、「公定歩合の引下げが公表された。これにより情勢の変化が起こるので、値動きの転換期で、今こそ買いのチャンスである。今までの損を一気に挽回できるので、買いに揃えましょう。」という内容の電話があり、同日及び同月一一日にほとんど無断売買的に合計二一一枚の買建玉をさせられた。

(七) ところが、同年八月五日になると、藤井から原告に対し、「予想に反して白金の値が下がっている。おそらくさらに値が下がるので、こういう時は両建にし、売りを建てて様子をみるべきである。」との連絡があった。しかし、原告は既に資金が底をついていたので「もう金がない。最初にいったことと話が違うではないか。これ以上続けるつもりはない。」と断った。これに対して、藤井は「なんとかしますから両建してもう少し様子を見させてください。」と執拗に粘り、「今止めればパンクですよ。何もなくなります。」と半ば脅迫的なことを言った。それでもなお、原告が資金の手当がつきそうにないため躊躇していると、藤井はさらに「お金は会社の経理の方をなんとかしますので、後でいいです。今はともかく両建にしましょう。お金のほうは後で何とかやってみて下さい。」と強引に説得してきた。原告としては、今までつぎ込んだものがすべてなくなるという半ば脅迫的な説明に対し、売建玉をすることを承諾せざるをえなかった。

原告は真に資金が底をついていたのであり、同月二三日に被告に対して五〇〇万円を証拠金の不足分として入れたものの、証拠金の預託期限を守ることができず、その時点で金五八七万〇六〇〇円の証拠金不足となっていた。

(八) 原告が不足証拠金を預託できなくなった後は、被告が証拠金を回収するため、同社の判断による仕切、新規取引が続き、平成四年四月八日に全建玉の手仕舞いが行われた。

3  被告による不法行為

(一) 勧誘行為における違法性

(1) 断定的判断の提供

被告の従業員の安達及び藤井は、前記2(二)(三)記載のとおり、「必ずもうかる」旨の断定的な判断を提供して原告を勧誘したのであるから、商品取引所法第九四条一号にいう「利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供」して勧誘する行為に該当する。右は、先物取引の投機性及び危険性を無視した勧誘であるから作為による詐欺に該当する。

(2) 不適格な客に対する勧誘

商品先物取引の顧客となる者は先物取引の危険性に十分耐えうる経済力、自分自身で判断できる能力、理解あるような者でなければならない。しかし、原告は先物取引に関する知識・経験を有しておらず、価格変動に関する情報源や売買の指示は被告社員に頼るしかなかった。しかも、原告の資金に余裕があったのは第一回目の取引のみであった。したがって、原告は先物取引には不適格な者であり、原告への勧誘は商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項1(1)の「商品先物取引を行うのにふさわしくない客層に対しての勧誘」に該当し、同指定事項に反する行為である。

(3) 先物取引の危険性についての不告知

商品先物取引の投機性及び右商品先物取引が小額で大きな金額の取引を行うことからすれば、商品先物取引契約を締結するにあたっては、顧客とすべき者に対して、商品先物取引の危険性を十分知らしめてこれを理解させなければならない。しかし、被告の従業員藤井は、原告に対して、単に説明書を渡しただけで相場が上がって儲かるということのみを強調し、商品先物取引においては損が同じように出る可能性があることについてほとんど説明せず、しかも原告が商品先物取引の特質、危険性を理解、判断し、しかも自由かつ自主的に取引に参加しうるだけの十分な説明をしなかった。したがって、藤井の右行為は、取引所指示事項1(3)の「商品先物取引の有する投機的本質を説明しない勧誘」をおこなったものであり、右指示事項に違反し、不作為による詐欺を構成する。

(4) 取引意思の全くない者に対する勧誘

安達の電話による、興奮状態でがなりたてるような本件先物取引の勧誘は、ボイラールームセールス(電話口でボイラー室のような喧騒状態を作り出し、顧客を困惑した心理状態に追い込み、判断能力の低下につけこんで取引させる。)とよばれる手法であり、旧取引所指示事項2(2)の「商品取引参加の意思がほとんどない者に執拗な勧誘を行うこと」に該当する行為であり、その趣旨を引き継いだ新指示事項1(1)「商品先物取引を行うのにふさわしくない、客層に対しての勧誘」に違反する違法な行為である。

(二) 取引行為における違法性

(1) 新規委託者保護規定違反

取引員の内部規制によれば、新規顧客者保護の観点から新規取引日から三か月以内の習熟期間中の取引枚数を二〇枚に限定しているにもかかわらず、被告は原告に対し、三か月以内に二四八枚もの建玉を行った。そして、先物取引の高度の危険性及び専門性からすれば、右新規委託者保護規定は単なる内部規制にとどまらず、不法行為における注意義務、あるいは委託契約における受託者としての注意義務の内容をなすものであって、右規定の違反により違法行為となる。

(2) 両建

秋山及び藤井は、原告が藤井らの判断によらなければ建玉できないことに乗じて有害無益の両建を多数回行っている(例えば、平成三年四月二三日の両建)。すなわち、ほとんどの場合、買玉で損が出ているときに原告に売玉を建てさせて両建させ、しかも反対玉に多少の利益が出ると短期間で仕切って膨大な因果玉(乙第五号証の元番一、二、一二、一三、一八、二一、二三、二四)を放置したことで、原告に損害を与えたのであって、右因果玉の放置は旧指示事項四(現指示事項2(2))に違反する行為である。両建は、一方の建玉のみでも利益を得るのが困難であるのに、両建をしても、反対の建玉をうまく処分して利益を得ることは困難であって、右方法は顧客をして商品先物取引から足抜きできなくさせるとともに、取引員の手数料拡大をもたらす客殺しの典型的方法である。

(3) 無意味な買い直し、売り直し

原告は、平成三年五月八日、四〇枚の買玉を仕切り、同日四四枚の買玉を建て直している。また、同年八月一六日から二六日にかけて売玉二三四枚を仕切りながら、同月二九日に新たに一五〇枚の売玉を建てさせられている。これは、無意味な買い直し、売り直しで手数料稼ぎを目的とするものであって、取引所指示事項2(1)に該当するものであって、違法である。

(4) 仕切り拒否

原告は取引開始後一か月経過した時点以降、取引をやめたいと仕切りを申し出たが、被告の担当者は、今やめれば全部パーになる、絶対挽回させるから心配しないでほしいなどといって原告の申出に応じなかった。かかる被告の担当者の対応は、取引所指示事項2(2)「委託者の手仕舞指示を即時に履行せずに新たな売買取引(不適切な両建てを含む)を勧めるなど、委託者の意思に反する売買取引を勧めること」に違反する行為である。

(5) 無断又は一任取引

藤井は平成三年九月以降、全て自分に任せてほしいということで原告の事前の承諾を得ることなく取引を行ったが、これは無断又は一任取引にあたり、商品取引法第九四条三号に違反するものである。

(6) 無敷、薄敷

被告の受託契約準則第八条において、証拠金なしでの取引を禁止し、同九条において、遅くとも取引日の翌日正午までには証拠金を預託することを定め、顧客の資金力を越えた取引にストップをかけて取引員の経営基盤を安定させ、かつ過大な取引による顧客の損害を防止している。しかし、本件先物取引において、平成三年八月以降の取引は当初、証拠金なしでの取引(かかる取引は「無敷」と呼ばれている。)に、途中からは証拠金不足の取引(かかる取引は「薄敷」と呼ばれている。)状態になっていたのであるから違法である。

(7) 利乗せ満玉

平成三年五月八日以降、被告は、原告に利益がでたのにもかかわらず、利益金として原告に渡さないで、さらにその金額をも取引につぎ込んでいるが、これは、値洗い(計算上)で利益が出たとして原告を喜ばせておきながら損を取り戻すためと称してさらに取引を拡大したのであって、いわゆる「利乗せ満玉」という客殺しの方法である。

(三) 被告の原告に対する一連の行為は、(一)及び(二)で見たとおり商品先物取引を口実にした金員騙取行為であり、社会的に許容された適法な勧誘方法・範囲を逸脱したものであって、違法である。

4  責任

被告は、前記3のとおり、藤井らが原告に対して、商品先物取引に関する職務の執行につき行った不法行為に対して、民法七一五条により使用者としての責任を負うというべきである。また、被告には委託者に損失発生の危険の有無、程度の判断を誤らせないようにする注意義務があったにもかかわらず、これを怠ったのであるから、委託契約上の債務不履行による損害賠償責任を負うというべきである。

5  損害

(一) 騙取金(原告が被告に騙取された金員の合計金額)四四九〇万円

(二) 慰謝料 一〇〇万円

右(一)のような多額の金員を短期間に騙取された原告の精神的打撃を慰謝するためには右金額が妥当である。

(三) 弁護士費用 四四九万円

原告は本件訴訟追行を原告訴訟代理人に依頼し、その報酬として請求額の一〇パーセントを支払う旨を約した。

(四) (一)ないし(三)の合計金額

五〇三九万円

よって、原告は、被告に対して、民法七一五条の不法行為による損害賠償請求権あるいは委託契約上の債務不履行による損害賠償請求権に基づき、金五〇三九万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成四年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について

認める。

2  請求原因2について

(一) 同(一)は否認する。

安達は原告に対して、昭和五六年四月ころ、電話により商品先物取引の勧誘をし、米国産大豆を推奨したが、原告は、仕事が安定していないので、今すぐに商品先物取引を行うつもりはないと答えていた。しかし、原告は、右の返答以上に安達の勧誘を拒否する態度に出なかったことから、安達は、その後も原告に対して、電話による勧誘、資料の送付等を継続して行った。その頻度としては、電話による勧誘が年二、三回、訪問の回数も年二、三回程度にすぎなかった。

(二) 同(二)のうち、安達が平成三年四月八日、原告に対して架電したことは認め、その余は否認する。

安達は、同日、原告に対して、現在は白金の相場が低く、投機としての妙味があるのでどうかと尋ねたところ、原告は、今なら資金的な余裕があるから取引を行ってみたい、やるからには具体的に話を聞きたいので、夕方に来てほしい、と返答した。また、電話の際、必要証拠金についても話が及び、原告からどの程度のボリュームで取引をすればよいのかと聞かれたことから、仮に二〇枚であれば証拠金は一二六万円必要であると答えた。原告は、その程度の金員であれば十分用意できるとのことであった。

(三)(1) 同(三)(1)のうち、平成三年四月八日午後、安達と藤井が商品先物取引の説明のために原告を訪問し、原告経営の会社近くにある喫茶店において面接したこと、その際、藤井が原告に対して、便箋に図解等をしながら商品先物取引の仕組みを説明し、また白金の相場が最近の高値のときでも二七〇〇円ないし二八〇〇円であったが、現在は一七〇〇円ないし一八〇〇円程度を推移していると述べたこと及び同日、原・被告間において商品先物取引委託契約が締結されたことは認め、その余は否認する。

(2) 同(三)(2)について、同日、藤井が原告から白金二〇枚買建注文を受けたことは認めるが、その余は否認する。

なお、原告の口ぶりから資金的には相当の余裕がありそうだったので、藤井は「資金的に余裕があれば、もう二〇枚程いかがです。」と尋ねると、原告からさらに二〇枚の買建玉の追加注文を受けた。

ただし、原告は、同日、白金二〇枚分の証拠金相当額の金員しか用意していなかったため、追加注文分については、翌日、証拠金預託後に建玉を実行する約束となり、翌九日には、安達が原告から追加注文分の証拠金の預託を受けた後に、追加分の白金二〇枚の買建玉が執行された。

(四) 同(四)のうち、秋山が平成三年四月二三日に原告に対して電話したこと、原告に対して両建てを勧めたこと及び原告が秋山に対して、売建玉(両建)四〇枚の注文をしたことは認め、その余は否認する。

(五) 同(五)は否認する。

(六) 同(六)のうち、秋山が平成三年七月一日に原告に対して電話したこと、同日及び一一日に合計二一枚の白金の買建玉をしたことは認め、その余は否認する。

(七) 同(七)のうち、藤井が平成三年八月五日に原告に対して電話したこと、同日、原告が藤井に対して売建玉(両建)の注文をしたこと、同年八月二三日ころ、原告は金五八七万〇六〇〇円の証拠金不足に陥ったこと、同年八月二三日に金五〇〇万円を証拠金として預託したことは認め、その余は否認する。

(八) 同(八)は否認する。

3  請求原因3について

(一) 同(一)(1)のうち、藤井が原告の主張するような断定的発言をしたことは否認し、その余は争う。

藤井は、当時の白金相場が低迷状態にあり、相場が上昇する可能性が確率的にみれば高いことを示唆しただけであるし、藤井は原告に対して商品先物取引の危険性について説明をしているのであるから、原告も確率的には白金の相場が上昇する可能性があっても、まだ下落する可能性があることも認識しえたはずである。

(二) 同(一)(2)は争う。

受託業務管理規則における不適格者の参入防止という場合の不適格者とは、無能力者、公的扶助の受給者等の収入のない者や公金取扱者等をいうのであって、原告はこれにあたらない。

(三) 同(一)(3)は否認する。

原告は、本件契約を行う以前から長期間にわたり電話による勧誘を受け、その都度商品先物取引の仕組み等の説明を受けた。また、藤井は、四月八日の本件契約締結の際、商品先物取引委託のガイドの内容を十分に説明し、危険開示告知書を朗読しながら説明している。

(四) 同(一)(4)は争う。

(五) 同(二)(1)について、被告は、その内部規則である受託業務管理規則において、新規委託者の保護規定として、三ヵ月の習熟期間を定め、その期間内は担当外務員が自主的判断により受託を受けうる枚数を二〇枚までとしていることは認め、その余は争う。

しかし、右規定は商品取引員の内部規則であって委託者との関係を律するものではない以上、右規則に反したとしても当該取引の当不当の問題が生ずるにすぎない。しかも、被告は右規則に定める必要な手続を取ったうえで、原告に二〇枚を越える取引をしてもらっているのであるから右規則に違反する事実もない。

(六) 同(二)(2)は争う。

被告の外務員は、原告に対して、委託者の予想に反して相場が変動して損が拡大した場合に委託者の取る方法として、追加証拠金(以下「追証」という。)の預託、手仕舞いによる損の確定、両建及び難平の四つの手法を説明し、いずれを選択するかの判断を求めたところ、原告は右両建を行うことを自主的に選択した。

なお、被告の外務員は、右四手法を説明した際に、原告からどの方法がよいかについてのアドバイスを求められたことがあり、右外務員は、当時の相場が先行き不透明であったことから両建をして様子を見ることを勧めたことがあるが、アドバイスをもって不法行為を構成する一要素であるということはできない。また、両建を禁止する法令等は現在存在しない。

(七) 同(二)(3)は、原告主張の各売買がされたことは認め、その余は争う。

(八) 同(二)(4)は否認する。

原告は、買玉の値洗いが相当に悪くなっても反騰を期待し、被告の外務員からの両建の勧めも拒否し、莫大な追証を数度にわたって支払っているのであるから、因果玉となった買玉を手仕舞しなかったのは原告の意思によるものである。

(九) 同(二)(5)は否認する。

(一〇) 同(二)(6)は争う。

証拠金は、商品取引員が委託者に対する債権を確保するために徴収するものであるから、商品取引員が証拠金を徴収しなかったからとしても委託者には不利益はない。

(一一) 同(二)(7)は否認する。

利益を得た原告がさらに増玉を希望したことから、一旦利益を返還してさらに証拠金を預託するという手間を省いて建玉を増やしたにすぎないのであって、原告の意思に基づいて利益金を証拠金に振り替えて増玉したものである。

(一二) 同(三)は争う。

4  請求原因4及び同5は争う。

三  抗弁(過失相殺)

仮に被告に不法行為の責任があるとしても、原告にも過失があるから九割の過失相殺をすべきである。

すなわち、原告は化成品関係の卸売を主たる業務とする会社を経営し、社会的経験に富み、社会・経済常識を十分有していたのであるから、被告外務員から商品先物取引の勧誘を受けた際、その説明及び交付された資料の内容を十分に理解し、かつその可否を判断する能力を十分に有していた。したがって、原告は、先物取引の危険性を理解したうえで、自由な意思によって本件契約を締結し、かつ個々の売買取引を行う能力を有していたにもかかわらず、右外務員のいうがままに取引を行っていたとすれば、そのこと自体が原告の怠慢であり、原告は損害の拡大に対する重大な責任を負うというべきである。

四  抗弁に対する認否

過失相殺の主張は争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中、書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。なお、証拠(証人藤井、同秋山)によれば、本件先物取引当時、藤井は被告赤坂支店長、秋山及び安達はその部下で、秋山は同支店営業部副課長であったこと、藤井及び秋山は現在被告を退社し、別会社に勤務していることが認められる。

二  請求原因2及び3について

1  原告が安達から、電話等により商品先物取引の勧誘を受けていたこと、安達が原告に対し、平成三年四月八日に架電したこと、同日、藤井と安達が商品先物取引の説明のために原告を訪問し、原告経営の会社近くにある喫茶店において面接したこと、その際、藤井が原告に対して、便箋に図解等をしながら商品先物取引の仕組みを説明し、また白金の相場が最近の高値のときでも二七〇〇円ないし二八〇〇円であったが、現在は一七〇〇円ないし一八〇〇円程度を推移していると述べたこと、同日、原・被告間において商品先物取引委託契約が締結され、藤井が原告から白金二〇枚の買注文を受けたこと、秋山が平成三年四月二三日に原告に架電し、両建を勧めたこと、同日原告が秋山に対し、売建玉四〇枚の注文をしたこと、秋山が平成三年七月一日に原告に架電したこと、同日及び同月一一日に合計二一一枚の白金の買建玉をしたこと、藤井が平成三年八月五日に原告に対して電話し、原告が藤井に対して売建玉(両建)の注文をしたこと、同年八月二三日ころ、原告は金五八七万〇六〇〇円の証拠金不足に陥ったこと及び同年八月二三日に金五〇〇万円を証拠金として預託したことは当事者間に争いがない。右当事者間に争いがない事実に、証拠(甲一、七、乙一ないし五、七、八、九の一ないし七四、一〇、一二ないし一四、証人藤井、同秋山、原告本人)を総合すれば、次の事実が認められる(本件先物取引はすべて白金の取引であるから、白金の売買枚数を表示するときは、単に枚数のみを表示する。)。

(一)  原告は、昭和五七年一一月から包装資材関係の会社である宮田商会を設立経営しているが、本件先物取引を行うまでは、株式の取引や先物取引をした経験はなかった。原告は、本件先物取引を行う以前から、一年に二、三回被告の外務員である安達の訪問を受け、大豆を取引の対象物とする先物取引の勧誘を受け、その都度一五分ないし一時間程の説明を受けていた。

(二)(1)  平成三年四月八日、原告は安達から電話を受けたが、安達は、興奮したような感じで、白金が相場としてすごい、今買えば黙っていても儲かる、今は一八〇〇円で、一、二か月もすれば上がる等といった趣旨のことを述べた。これに対して、原告は、いかなる順序を踏めばよいのかと質問すると、安達は、二〇枚で一二六万円用意してもらえれば、一、二か月のうちに絶対儲かる、午後支店長を連れてきて説明させるから会ってほしい旨述べ、さらにお金も用意するように言った。

(2) 右同日午後、安達が当時被告赤坂支店長であった藤井を連れてきたことから、原告は、自宅近くの喫茶店「ルノアール」で、一時間三〇分程先物取引に関する話を聞いた。その際、ほとんど藤井の方から話があったが、藤井は、原告に対し、白金は今一八〇〇円台であるが、状況的には二〇〇〇円以上になると説明し、白金の相場をやってほしいなどと勧誘し、右勧誘の際、利益を得る可能性が大きい旨説明した。ただ、藤井は右のような話に終始したわけではなく、被告の社内用箋を用いて、先物取引の手続のこと、買建玉をした場合で価格が上がった場合には上がった分が利益となり、下がれば下がった分が損失となることや追証制度のこと等について図示しながら説明をした。また、藤井は先物取引の危険性についての説明もした。藤井の原告に対する説明としては、内容的に「受託契約準則」(乙第三号証、同書の一一頁に危険開示告知書が掲げられている。)、「商品先物取引―委託のガイド―」(乙第四号証)に記載してあるようなことが説明され(もっとも、藤井は、別途先物取引の危険性についての説明をしていたことから、危険開示告知書自体は原告に読んでおくように指示したに止まった。)、右各文書が原告に交付された。原告は、同日、先物取引を行うことを承諾し、「自己の判断と責任において売買取引を行うことを承諾した」旨の記載並びに受託契約準則、危険開示告知書並びに商品先物取引委託のガイドを事前に受領した旨等の記載がある約諾書及びこれと一体となった通知書(乙第一号証)に署名押印してこれを作成した。

また、原告は、同日、「アンケートカード」と題する書面(乙第二号証)の商品取引の理解及び追証拠金制度の理解という欄の「出来た」に、商品取引の経験及び株式取引の経験という欄の「無」に、年収の欄の「4 一〇〇〇万以上」に、不動産の欄の「3 五〇〇〇万以上」に、定期性預金の欄の「3 一〇〇〇万未満」(「2」の項目は五〇〇万円未満となっている。)にそれぞれまるを付したうえ、署名押印した。

原告は、右同日、右説明をうけたのち、白金について二〇枚の買建玉を行うことを決断し、右取引を行うに必要な証拠金で、事前に用意してあった一二六万円を前記「ルノアール」店内で藤井らに交付した。さらに、原告は、同日、藤井から二〇枚の追加注文をしないかという勧誘を受け、二〇枚の買建玉について追加注文をすることを承諾したが、その保証金一二六万円は翌日右預託することになった。

(三)  被告においては、その内部規則により、取引開始から三か月以内の新規委託者について取引限度枚数を原則として二〇枚と制限していたが、ただ右規則においても顧客からの希望がある場合、監査室の特別審査班の審査及び総括責任者の許可を得れば右限度枚数を超過することができることになっていたところ、藤井は、同年四月九日、限度枚数を四〇枚とする審査願いを作成し、管理担当室室長及び総括責任者による妥当との審査を経た(乙第一二号証の一「委託売買枚数の超過に係る調書」)。藤井は、同日、原告から追加注文分の証拠金一二六万円を受け取るとともに、原告が作成した「申出書」と題する書面(乙一三号証)を受け取ったが、右申出書には、「私は東京工業品取引所の商品先物市場において東京白金四十枚の建玉を希望します。」との記載があり、原告の署名押印がされている。そして、四月九日午前九時一二分に二〇枚の買注文が、同日午後一時一二分に二〇枚の買注文がそれぞれ執行された。

(四)  平成三年四月二三日には、円高予想のため値下がりの危険性があり、したがって追証の発生するおそれがあったため、藤井は、原告に対し、値洗い計算のマイナスをくい止め、相場の動向を見るため反対建玉をすること(両建)を勧め、相場の変動の様子を見てはどうかという話をした。藤井が原告に対して、両建の説明をしたのはこの時が最初であった。原告は、藤井の勧める両建をすることを承諾し、同日午前九時五二分、四〇枚の売玉を建てた。

その後、右四〇枚の売建玉は、そのうち九枚が同月二六日に、残りの三一枚が同月三〇日にそれぞれ仕切られた。右売建玉の仕切により、原告には一二万八七四一円の利益(手数料、税金控除後の利益、以下「差引益」という。)が生じている。その一方で、原告は同月二六日に九枚の、同月三〇日に三一枚の買建玉をした。

(五)(1)  平成三年五月八日から原告の担当者が藤井の部下であった営業部副課長の秋山に代わった。秋山は、同日、原告の意思に基づき、原告が同年四月二六日及び三〇日に建てた買建玉合計四〇枚を仕切って一旦利益(差引益)を確定させたうえ、さらに四四枚の買注文を行った。

(2) 秋山は、平成三年五月二三日、原告に電話し、外電でニューヨークの白金が安くなっており、下落する可能性がある旨の情報を伝えた。これに対して、秋山は原告から、右処置方法を尋ねられ、売建玉をして両建することを勧めたところ、原告は、両建することを承諾し、同月二七日四〇枚の売建玉がされた。右売建玉が同月二七日になったのは、原告からの証拠金二五二万円の預託が同日となったことによるものである(なお、同月二五日は土曜日、二六日は日曜日であった。)。

(3) 秋山は、平成三年五月三〇日の時点で原告の取引が買越の状態になっていたところ、同日の白金の取引状況がストップ安となり、原告の取引状況が内容的に悪くなっていたことから、原告に右状況を説明した。そして、秋山は原告から対処方法を尋ねられたことから、買建玉と同枚数の売建玉をすることを勧めたところ、原告はこれを承諾した。しかし、同日は右ストップ安のため売建玉をすることができず、翌日の三一日に四四枚の売建玉がされた。

(4) 平成三年六月一四日、秋山は原告に対し、白金について底値感を抱いていることを伝え、売建玉の利益を確定して安値で買いに回ってはどうかという話をした。秋山は原告の承諾のもと、同月一二日に売建玉をした四〇枚を仕切り、五〇枚の買建玉をした。しかし、右予測に反して、同月一四日の時点で白金は平成四年四月限につき一八〇〇円台であったものが(一八〇三円で買建玉している。)、同月一七日には一七〇〇円台に落込んだ(先限で一七七五円、大引け時に一七九一円であった。)。そこで、秋山は原告に対し、さらなる下落によって追証がかかることになるのを回避するためということで、四〇〇万円を証拠金として入れてもらい担保力を強化してはどうかという話をした。原告は、ゴルフ会員権を担保にして借入れをして、証拠金の四〇〇万円を捻出し、翌日の一八日にこれを被告に預託した。

(5) 秋山は、平成三年六月二〇日、先安感があったということから、原告の承諾のもと、証拠金の範囲内で七〇枚の売建玉を行い、両建とした。その後、同年七月一日に公定歩合の引き下げが公表されたことに伴い値上がりが予想されたことから、原告は同日、合計六一枚の買建玉を行い、さらに、同月一一日、合計一〇〇枚の買建玉を行った。右一一日の取引により六三〇万円の証拠金が必要となったため、原告は、同月一二日に一〇〇万円を、一六日に五三〇万円をそれぞれ被告に預託した。

(6) しかし、平成三年七月一一日以降、白金の価格は必ずしも反騰せず、同月一九日以降下落しはじめ、同月二五日には九二九万二五〇〇円の追証が必要となり(平成四年四月限の白金について、七月一一日に一七七九円であったものが、同月二五日には一七三九円にまで下落した。)、同月三〇日にも、さらに追証が必要となり、その額は合計一八五八万五〇〇〇円に達した。そのため、原告は、七月二六日に九三〇万円を、三一日に五〇万円を、八月二日に四〇〇万円をそれぞれ被告に預託した。

(六)  秋山は、原告の取引状況が右のように悪化していたことから、安全策のために両建を勧めたが、原告は、右のとおり追証を入れることによって八月五日時点で二九五枚の買建玉を維持したため、秋山は上司である藤井に対して、原告の取引に関して相談をした。藤井は原告に対して、値下がりが予想されたことから両建を勧めたところ、原告は右勧告を了解し、二九五枚の両建を行うのに最低でも必要な一五〇〇万円の証拠金を八月中旬くらいまでに用意できるといったため、藤井は、原告からの証拠金の預託を待つことなく、八月五日白金二九五枚の売建玉をした。なお、同日の売建玉時の白金の価格は一六〇〇円台となっていた。

その後、原告は証拠金の一部として七月三一日に五〇〇万円を被告に預託したほか、八月一六日に五〇万円を、同月二三日に五〇〇万円をそれぞれ被告に預託したにとどまった。右のとおり、同月二三日における五〇〇万円の預託が最後となり、証拠金が不足し、受託契約準則により強制手仕舞せざるを得ない状況となったため、藤井は、原告と協議し、同日から同月二八日までの間、八月五日の売建玉二九五枚及び七月一一日の買建玉のうち五〇枚について、順次仕切っていった。その結果、八月二八日の時点で買建玉二四五枚のみとなったが、藤井は原告に対し、両建をして様子を見ることを勧め、原告は、八月二九日、買建玉九五枚を仕切るとともに、一五〇枚の売建玉をした。

その後は、平成三年一一月六日以降平成四年三月一一日までに白金合計一二〇枚の買建玉が新たに行われたのみで(平成三年一一月八日、追証が必要な状態となったが、原告からの預託はなかった。)、その余は仕切られていった。そして、平成四年四月八日、白金一〇枚の買建玉を仕切ったことによって本件先物取引のすべての手仕舞いがされた。

結局、原告は平成三年四月九日に平成四年二月限白金合計四〇枚の買建玉を行ったのを初めとして、別紙委託者別先物勘定元帳(以下「勘定元帳」という。)記載〈略〉のとおりの売買取引を行い、証拠金として合計四四九〇万円を被告に順次預託した。

(七)  被告においては、受託契約準則一九条に基づき、取引残高の確認及び返還可能額の取扱いに関する回答を得るために、毎月一回、原告に対して残高照合通知書(乙第八号証の一ないし一九)を送付していた(残高照合通知書には、「ご指示(回答)がない場合は、本残高照合通知書の内容通り相違ないものとして処理し、かつ、返還可能額につきましては引続き当社にてお預りさせて頂きます。」旨記載され、返信用の葉書が同封されている。)。原告は、平成三年四月三〇日付け残高照合通知書に対して、同年五月六日付けで、被告に対し、「通知書の通り相違ありません。」旨の回答書を返送した(なお、原告が被告に対し、右葉書以外に回答書を出したことを認めるに足りる証拠はない。)。

(八)  ところで、原告は、平成三年九月以降の各取引については藤井から事後報告を受けたに止まる旨供述している。

本件取引においては、勘定元帳記載のとおり同年一一月、平成四年二月及び同年三月に買建玉がされているが、それは建玉の仕切り等によって証拠金に余裕ができたときに、それまでの損失(差引損)を回復しようとして、値上がりを予想して買建玉に及んだものであり、右各売買の都度、売買報告書が原告に送付され、また藤井からも原告に報告されていたものである(乙九の六一ないし六三・六九ないし七四、証人藤井)のに、原告はこれらについて何らの異議を述べていないのであり、これに証拠(証人藤井、弁論の全趣旨)を総合すれば、右買建玉については原告も承諾していたものと推認するのが相当である。また、証拠(乙九の二〇ないし三九、証人藤井及び弁論の全趣旨)によると、少なくとも平成三年一一月八日以降同四年一月二四日の間及び同年三月一九日以降は追証が必要な状況にありながら、原告から追証の預託がされていなかったものであり、その間の売買は強制手仕舞に相当するものであるが、藤井は原告とも連絡して仕切ったものであることが認められる。

2  そこで、右認定事実を前提として、被告ら従業員の勧誘及び取引行為に違法があったか否かについて検討する。

(一)  勧誘方法の違法性について

(1) 原告は、本件先物取引の勧誘に際し、藤井から先物取引の危険性の説明がなく、また安達は取引の意思の全くない原告に対して、断定的判断を提供して、その判断能力が低下した状態で取引に勧誘したものであって、取引指示事項に違反する、ないしは詐欺を構成する旨主張する。

新規委託者からの取引の委託を受ける場合、商品取引には危険が伴う旨を記載した書面を事前に交付しなければならないとされている(受託契約準則三条)。また、受託業務に関し、顧客に対し、利益が生ずることが確実であると誤解させるべき判断を提供してその委託を勧誘することは禁止されている(商品取引所法九四条一号)。本件においては、前記認定のとおり、原告に対して安達から、取引開始に先立ち、白金が相場としてすごい、今買えば黙っていても儲かるとか、今は一八〇〇円で、一、二か月もすれば上がる、二〇枚で一二六万円用意してもらえれば、一、二か月のうちに絶対儲かる等と短期間で利益が得られるかのような誤解を抱きかねない勧誘があり、藤井も平成三年四月八日に喫茶店「ルノアール」で原告と面談した際、原告に対して利益が得られるという方向で説明したことが認められる。しかし、原告は、藤井から、図示されながら先物取引の説明を受けており、しかも対象物における価格変動と損得の関係(得することもあれば、損することもある。)や先物取引における危険性の説明も一応受けたこと、藤井は、本件先物取引開始前に受託契約準則(乙第三号証)及び商品先物取引に関する委託のガイドなる書面(乙第四号証)を交付していること、原告が四月八日に藤井に対して作成、交付した「アンケートカード」の商品先物の理解及び追証拠金制度の理解の欄には、いずれも「出来た」の方にまるが付けられていることを総合考慮すると、いまだ社会的に許された範囲内の勧誘方法と評価し得るのであって、利益が得られるとの断定的判断を提供して勧誘を行ったとは認め難い。ましてや、本件における勧誘行為が詐欺を構成すると認めるに足りる証拠はない。

また、安達による平成三年四月八日における電話での勧誘において、前記認定のとおり、興奮した状態で勧誘してきたことが認められるものの、原告は過去においても再三安達から先物取引の勧誘を受け、それなりの説明を受けてきていること及び安達との電話でのやりとりの中で本件先物取引契約が締結されたわけではなく、原告において冷静に再考する余地があったということができるから、安達の右勧誘行為が、本件契約締結時において、原告の正常な判断能力を低下させ、困惑した状態に追い込んでいたものとは認め難い。しかも、安達からの電話があった四月八日の午後には、原告が既に白金二〇枚分の委託手数料一二六万円を用意していたことを考慮すると、原告において先物取引を行う意思が欠けていたとは認め難い。

したがって、原告の右主張には理由がない。

(2) また、原告は、同人が商品先物取引を行うのにふさわしくない者であるにもかかわらず、先物取引に勧誘されたのであるから取引指示事項に違反し違法である旨主張する。

被告内部の受託業務管理規則には、商品取引の勧誘に関し、社会的・経済的弱者及び公金出納取扱者等に対する委託の勧誘及び受託を行わないとされ、右に該当しない者であって、その者の資金力、理解度等からみて商品先物取引を行うにふさわしくないと認定した者に対しても右同様、委託の勧誘及び受託を行わないとされていることが認められる(右規則第二条)。しかし、前認定のとおり、原告は、アンケートカード中の年収に関しては一〇〇〇万円以上という項目に、定期性預金に関しては一〇〇〇万円未満という項目にそれぞれまるを付けていること、証拠(原告本人)によれば、現実にも原告には妻の収入を併せると、約一〇〇〇万円の年収があったこと及び原告が包装資材関係を取り扱う有限会社宮田商会の代表者として会社を経営する者であることが認められることを考慮すると、勧誘時において原告が先物取引を行う適格があるものと判断した藤井らの判断には合理性が認められるのであって、原告に対する勧誘が違法と評価されるものではない。したがって、原告の右主張には理由がない。

(二)  取引行為における違法性

(1) 両建及び因果玉の放置について

原告は、藤井らは有害無益な両建を行い、膨大な因果玉を放置し原告に損害を与えたのであって、両建は客殺しの典型的方法であるし、また右因果玉の放置は現指示事項2(2)に違反する行為である旨主張している。

前認定の事実及び証拠(甲一二の一ないし三、乙五の一・二)によれば、原告は、平成三年四月二三日に売建玉四〇枚(買建玉と同枚数となった。)、五月二七日に売建玉四〇枚及び同月三一日売建玉四四枚(買建玉と同枚数となった。)、六月一二日売建玉四〇枚(買建玉と同枚数となった。)、同月二〇日売建玉七〇枚(買建玉と一部両建となった。)、八月五日二九五枚の売建玉、同月二九日一五〇枚の売建玉をそれぞれ建て、両建を行ったことが認められる。そして、平成三年四月二三日の両建は三日後と一週間後という短期間で売建玉が仕切られているが、右売買によって原告は合計一二万八七四一円の利益(差引益)を得ているから、右両建自体によっては損害を被っていない。また、八月五日や同月二九日にも両建を行っているが、前記認定事実によれば、白金の価格が反騰せず、買建玉を維持し続けたことで原告の取引内容が悪化していたことを考慮すると、事後的にみれば、右時点においては両建をして市況の様子をみるよりは、むしろ内容の悪化していた買建玉を仕切ることによって損失の拡大を止めるという方策を採った方が望ましかったものと思われる。

しかし、相場の変動を確実に予見することは困難であり、結果から先物取引の違法性、相当性を判断するのは当を得たものでないうえ、両建という手法は、委託者の予想に反して相場が変動して損失を被ったときに委託者の選択する一つの方途であり、両建自体を禁止する法令は特に存在しないこと、証拠(乙五の一・二)によれば、両建とされる売建玉については、その仕切りによって結果的には全体として四〇〇万円余の利益(差引益)が出ていることをも考慮すると、本件先物取引における両建がそれ自体原告に対して違法であるとは評価し難い。また、本件取引における原告の損失の大部分は、別紙勘定元帳記載のとおり取引開始後最初の取引である平成三年四月九日の買建玉、その後の同年五月八日、同年六月一六日、同年七月一日及び同月一一日の各買建玉の仕切りによる売買差損に基づくものであるところ、本件取引経過に鑑みれば、原告は、藤井、秋山らの相場感に基づき当初から値上がりを予測して買建玉を行って本件取引を開始したところ、結果的には最後まで右予測が外れ、値下がり傾向のまま推移し、本件取引が終了した平成四年四月までに右買建玉をした当時の水準まで回復することは買建玉直後の一時的現象を除いてはなかった(乙五の一・二、一九)ことにより、損失が拡大したものということができるが、被告において売建玉による両建を勧めることによって、原告の買建玉の仕切りを不当に延伸させたことを認めるに足りる証拠はない。原告の一連の取引を見るかぎり、白金の値が基本的には急落していき、他方で買建玉を維持し続けたため、結果として本件先物取引による損失の拡大に繋がったというべきである(甲一二の一ないし三、乙五の一・二)が、右買建玉の維持が原告の意思に反してなされたものであると認めるに足りる的確な証拠もない。したがって、原告の右主張は理由がない。

(2) 無意味な買い直し及び売り直しについて

原告は、平成三年五月八日に四〇枚の買建玉を仕切り、同日四四枚の買建玉を建て直し、また同年八月一六日から二八日にかけて売建玉二三四枚を仕切りながら同月二九日には新たに一五〇枚の売建玉を建てているが、右建玉は、手数料稼ぎを目的とする無意味な買い直し、売り直しであり、取引所指示事項2(1)に該当し違法である旨主張している。

証拠(乙一七)によれば、取引所指示事項2(不適正な売買取引行為)の(1)において、「委託者の十分な理解を得ないで、短期間に頻繁な売買取引を勧めること」は厳に慎むこととされていることが認められるところ、平成三年四月三〇日に行った買建玉四〇枚を九日後の五月八日に仕切ったうえ、同日新たに四四枚の買建玉をし、また同年八月五日に行った売建玉二三四枚を同月一六日から二八日にかけて仕切ったうえ、同月二九日に売建玉一五〇枚を建てたことは当事者間に争いがない。しかし、本件において取引所指示事項に反する取引があったかどうかは別として、右指示事項はあくまでも取引所内部の行為規範にすぎないのであり、右指示事項違反が直ちに不法行為における違法と結びつくものということはできないと解するのが相当であるうえ、右認定の取引が短期間の頻繁な取引に該当するとは認め難いし、とりわけ、前記1の(六)認定のとおり、八月五日に建てた売建玉の処分は、原告からの追証の預託がなかったことが基本的理由となった仕切りであって、これによって利益を出したうえで八月二九日に売建玉を再度行ったからといって、直ちに無意味な買い直しということはできないというべきである(なお、四月二六日及び同月二八日の買建玉は一八二六円ないし一八三三円で買建てしたものを同年五月八日に一八五四円ないし一八五六円で仕切って利益(差引益)を得て、いわゆる利食いしたものであるが、同日買建玉した四四枚は一八二三円及び一八二四円で買建てしたものであって、右売買取引それ自体が原告に格別の不利益をもたらしたとも認め難い。)。

したがって、原告の右主張は採用することはできない。

(3) 仕切り拒否について

原告は、本件先物取引開始後一か月経過した時点以降、取引を中止したいと仕切りを申し出たにもかかわらず、被告の担当者は右申出に応じなかったと主張する。

しかし、前認定のとおり、原告は、取引開始から一か月を経過した後も、追証を含め証拠金を被告に預託していること、残高照会回答書なる葉書で異議を述べる機会があったにもかかわらず、平成三年五月六日付けの葉書による回答においては通知のとおり相違ない旨の返答をしており、また右以外の残高照会回答書に対しても、これに対する回答書を出すなどして異議を述べたとは認められないことをも総合して判断すれば、原告の右主張は採用し難い。

(4) 無断売買又は一任取引について

原告は、平成三年九月以降、藤井は無断又は一任取引を行ったのであって、商品取引所法第九四条三号に違反するものであると主張する。

平成三年九月以降の取引の状況は前記1の(八)認定のとおりであり、原告の右主張は採用し難い。

(5) 無敷、薄敷について

委託証拠金に関し、受託契約準則はその八条において「委託証拠金を徴収しなければならない。」と規定しているところ、本件において、前認定のとおり、藤井は平成三年八月五日、原告からの証拠金の預託を待つことなく二九五枚の売建てを行ったこと、しかも右取引は一五〇〇万円の証拠金が必要であったにもかかわらず、原告からは同年八月二三日までに一〇五〇万円が預託されるに止まり、証拠金不足となったことが認められるのであるから、結果的にみても右契約準則八条に違反している。

しかしながら、右証拠金は主として商品仲買人が委託者に対して取得する委託契約上の債権を担保するためのものであり、右仲買人の地位を安定することにあるから顧客の要請に基づき、証拠金を徴収することなく取引を行ったとしても、そのことが直ちに委託者との関係で違法と評価されるものではないというべきであるし(もっとも、委託証拠金制度が委託者において過当な投機に出ることを抑制する機能を有していることは否定し難いけれども、右機能は間接的なものに止まるものと解される。)、本件においては、右建玉は同月二八日までには全て仕切られ、結果としても利益(差引益)を生じて終了したものであることからすると、右売買をもって不法行為を構成するとは認め難い。

(6) 「利乗せ満玉」について

また、原告は、原告に利益が出たにもかかわらず、利益金を原告に渡さないで、さらに右利益金を取引拡大に使ったが、かかる方法はいわゆる利乗せ満玉という客殺しの方法である旨主張している。

しかし、前記認定のとおり、返還可能額に関する回答等を所定の葉書で行うことができたにもかかわらず、原告が被告宛てに出した平成三年五月六日付けの葉書において、返還可能額の取扱いに関し、被告の方で保管することになることについて特に異議を述べたわけではないこと、しかもその他に原告が利益金を返還してほしい旨を被告に伝えたと認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の右主張には理由がない。

(7) 新規委託者保護規定違反について

前認定のとおり、原告は取引を開始した平成三年四月九日から三か月以内に、新規委託者の取引限度枚数である二〇枚を大きく上回る取引を行っていることが明らかであるが、新規委託者保護規定の性質は、基本的には、外務員に対する内部規則としての性質を有するものであるうえ、前記二の1(三)認定のとおり顧客からの希望がある場合、監査室の特別審査班の審査及び総括責任者の許可を得れば、右超過枚数を超過することができるとされているところ、証拠(乙一三の一ないし七)によれば、平成三年六月二〇日までの取引については被告内部においても、原告の取引に関し、「委託売買枚数の超過に係る調書」が作成され、管理担当室室長及び総括責任者の許可を経ていることが認められること及び前記認定のとおり、藤井らは、取引の開始に当たり、四月九日、原告から「私は東京工業取引所の商品先物市場において東京白金四十枚の建玉を希望します。」と記載した申出書と題する書面を徴したほか、右三か月間の各取引について原告の事前の承諾を得て、被告内部での二五〇枚までの建玉についての決済を得ていることからすれば、原告及び被告間の取引は、被告の内部規則としての新規委託者保護規定に違反しているとは認められない。

しかしながら、新規委託者保護規定は、単なる被告独自の内部規則ではなく、取引員に共通する規則であり、先物取引が極めて投機性の高い取引であることに鑑み、取引限度枚数の観点から新規委託者が取引開始当初の習熟期間中に不測の損害を被らないように保護するとの趣旨を有すると解されるから、新規委託者との間で、右習熟期間中に過大な取引を行わないということは、委託者に対する取引員の一般的な注意義務の一内容を構成するということができる。新規委託者との関係で取引開始後の三か月間に二〇枚を超える取引を行うことが直ちに違法性を帯びることはないとしても、右規定の趣旨に著しく違反する等特段の事情がある場合には、右取引が委託者との関係で不法行為を構成することがありうるというべきである。

そして、別紙勘定元帳に基づき本件取引経過をみると、本件取引開始から三か月以内に行われた建玉は、買玉が二七五枚、売玉が二三四枚の合計五〇九枚にのぼり、維持されている建玉数についても、平成三年五月二七日に売玉四〇枚を建てて一二四枚となってから、一〇〇枚を切ることはなく、同年五月三一日には一六八枚、同年六月一四日に買玉五〇枚を建てて一七八枚となり(同月二〇日に売玉七〇枚を建てた段階では二四八枚)、同年七月一日に買玉六一枚を建てて買玉一九五枚となっていたものである。本件取引における原告の損失は、そのほとんどが前記(1)でみたとおり白金の値が上がるとの予測が外れたことによる買建玉の仕切りによる売買差損により生じているものであるところ、七月一日現在の買建玉一九五枚の仕切りによる損益(差引損)は、約三三〇〇万円に及んでおり、また右期間の建玉のすべての差引損は、三四八〇万〇一三四円となっている。

右によれば、本件における新規取引日から三か月間の取引については、取引開始後二週間ほど後には維持されている建玉数が八〇枚となり、その後も順次増加し一か月半程後からは、ほぼ二〇〇枚弱で推移し、六月二〇日には二四八枚となり、七月一日には買建玉だけで一九五枚に及んでいたものであるうえ、右期間中の建玉数の総計は五〇九枚にも及んでいたこと、原告は先物取引の全くの初心者であり、被告もそのことを了知していたものであり、本件各取引も原告から積極的に指示した売買はほとんどなく、専ら被告の担当者のアドバイスによってされたものであること及び本件が白金という比較的値動きによる損得の動きの激しい品物であったことを総合すると、右期間中の被告の従業員秋山や藤井による制限枚数を越える建玉の勧めは、前記規定の取引限度枚数を著しく超過し、右規定の趣旨に著しく反するものであって、全体として違法であり不法行為を構成するといわざるを得ない。

しかしながら、先物取引は委託者の自己責任においてなされるべきものであるところ、既にみたとおり本件取引そのものは原告の意思に反するものではなかったこと、原告の損失は、そのほとんどが白金の値が上がるとの予測が外れたことによる買建玉の仕切りによる売買差損により生じているところ、原告もまた値上がりを予測して多数の買建玉をしたものであること等に照すと、右期間中(平成三年七月一日までの期間)の取引によって生じた損害の発生、拡大については原告にも重大な落度があるといわざるを得ない。

以上のとおりであり、本件においては被告の担当者らによる本件取引は、新規委託者保護規定の趣旨に著しく違反したものであるが、原告にも右のとおり取引の拡大に消極的にであれ同意した等の落度があるから、右義務違反により原告に生じた損害の九割を過失相殺するのが相当である。

してみると、右のとおり本件取引開始から三か月以内の建玉すべての差引損は三四八〇万〇一三四円であるが、これに九割の過失相殺をすると、結局、被告が原告に対して支払うべき金額は三四八万〇〇一三円となる。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、金三四八万〇〇一三円及びこれに対する平成四年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宗宮英俊 裁判官深見敏正 裁判官野々垣隆樹)

別紙委託者別先物取引勘定元帳〈省略〉

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